おやすみ日常

眠るように暮らしたい

無力感甚だしい職業だな

ほかの学年みてもタチ悪い子がいるし。(そして発達障害の可能性を考えない親。あなたの子、人をいじめてるんですよ?)

見なければ知らなければ、なにも悲しまずに生きられていたのに。

毎日その子に「死ね」って言われてる同僚の隣にいるのしんどいっすわ。

わたしも二年前その子をもって、辛すぎて自害しようとしてたのでよく分かります。

 

 

 

誰にどれだけ吐き出しても人生をかえるの自分しかいないの辛すぎないっすか

 

最近泣くことが増えて

そういや鬱になった同僚が、ふとした時に涙が出るって言ってたなと思い出した。

でも普通に食欲も睡眠欲も性欲もあるから鬱になれない。ならせてくれ。

 

でも、同じ職場にわたしより辛い状況の人ばかりでわたしの仕事なんて軽いもんだから、ならないしなってはいけないと思うんだ。

 

5日後にボーナスが出たら、いくらか気分もかわるかしら。

母はわたしがメンタル弱いから

先生になることずっと反対してて

わたしそれ振り切って(ちょっと怒ったりもした)先生になりました

 

でもふたを開けてみると

子どもたちと関わる以外の

事務作業が途方もなく多くて呆れるし

子どもにも傷つけられたり

泣きたくなるくらい言うこと聞かなかったり

めちゃくちゃ先生つらかった

ほんと情けないね

お母さんの言ったとおりじゃん

わたしの想像力皆無か?

 

そんな環境の中でも

いつも同僚とにこにこ話して

ゲラゲラ笑ってたり

自分がもってない子どもたちに

積極的に話しかけてたりする後輩をみると

こういう人が

こういう底抜けに明るい人が

暗いのかもしれないけど外に出さない人が

先生になるべきなんだなっていつも思う

 

 

仕事なんていくらでもあるけど

勤務形態も業務内容もやっぱ

入ってみないと分からなくて

見えないところに飛び込むのがこわい

転職しますって言う度胸もない

 

 

おばあちゃんもわたしが先生になったのすごく喜んでくれて

両親も 頑張ってみなって言うし

辞める決断がしづらい 

制止を振り切ってなっちゃったし

 

自分の人生なのに世間体気にして馬鹿だね

 

 

昨日職員で打ち合わせをしていて

部活動の内容に納得がいかなくて

でもこれからずっと続くし

この業界にいる限り関わらなきゃいけない

そもそも自分は部活動の指導がしたくない

って気がついた

すぐ大きく考えちゃうから

自殺するか転職するかだったらどっちがいい?って母に聞こうかなって思ってたら涙が出てきた

 

 

もうね、自分では辞める勇気がないから、精神の病になって強制的にログアウトさせてほしいんだけど、ならないのよ

それか事故にでも遭いたいわ

土曜日の朝から何泣いてんの。

風潮

あけましておめでとうございます。

年明け前に髪を切って、すっきりした状態でハッピーニューイヤーできました。

年末年始でお仕事を9日ほど休んで昨日、今年初出勤をキメてきた次第です。

 

さぁ~~~~やるぞ!!!!!!!お仕事!!!

 

わりと上機嫌でお仕事に行ったんですよね。

嫌だったけど、9日も休めたら、少しは働こうかなという気分にもなります。

この時はまだ、新年からモヤモヤを抱えることになるとは思いもしませんでした。

 

どんなことが起きたかというと、

一日という短い時間の中で

「結婚」を示唆する圧力ワードを3回も脳天に打ち込まれたのです。

 

 

大げさだと思いますよね。

意識するわたしが悪いと思うのですが、今に始まったことではなかったので「結婚」についてぐるぐる考えるきっかけになりました。

 

 

「結婚して当たり前」という世の中の風潮

その日は、3人の人から

「髪切って素敵になったね~。いい人できたんじゃないの」

「今年の占い、先生のおうし座はいいこと書いてあったよ」

(見てみたら、「いい人が現れるかも!」的内容だった)

「先生、今年の抱負は?え、ズボラを直すこと?ズボラなの?しかも外に出ることは目標に入ってないんだ(笑)」

 

怒涛の圧力ワードである。(泣)

 

 

また他の日に、

「結婚しなくてもいいの?一人だと寂しいじゃん」

「家でゲームしてばかりじゃダメだよ」と言われることもあったり、

 

「ごめん、○○(わたしの名前)。わたし苗字変わるわ」

と友だちに謎に謝られることもありました。

 

 

 

 

「結婚が当たり前」「結婚生活は総じて幸せ」

という風潮が蔓延っていて、

わたしもまた、その波に飲まれそうになっているのです。

 

 

結婚ってそんなにいいものなの?

 

たしかにわたしに声をかけてきた先輩方は、

夫婦仲もよく、子どもも元気に学校に通っており、楽しそう。

 

でも考えてしまうんです。

 

水面下で行われる不倫とか

 わたしの狭い人間関係の中ですら3件あった。

 一つは結局離婚へ。

 (表ではいい旦那いい妻なのに裏で何やってるか分からないの怖すぎ)

 (「幸せ風な暮らし」。気付かれなければいいのか?)

 

職場で止まらない旦那の愚痴とか

 母の職場での話題はほぼ旦那の愚痴らしい(そんな職場嫌だ)

 旦那を庭に埋めたいとか会話するのが嫌だから早く寝るとかあるらしい・・・

 

尻に敷かれ発言権0の旦那とか

 我が家ですね。

 人権ないんじゃないかってぐらい敷かれに敷かれてぺしゃんこです。

 

 

 

本当に結婚=幸せなのかって・・・。

 

 

みんなは何を考えて結婚するのだろう

結婚したいと思う人も、汚いことがあることは承知の上なのかなと思います。

「自分たちはそうじゃない。そうならない」と強く信じられるか、

多少汚くても見えなきゃいいんじゃないって割り切ることができる人。

 

または、

「汚い部分から目を背ける」なんていう言葉が必要のないくらいの

本当の純愛をしている。

(本当の純愛って言葉、オタク感丸出し)

いろいろ書き連ねましたが、

できればこうなりたいと心の底では思っていますよそりゃ。

 

 

結婚をしている人も水面下で何が行われているのか分からないんだから、「結婚=幸せ」の方程式で殴ってこないでほしい。どちらが良いことと言い切れることもないのだし、人の人生はそっとしてほしいですね。

結婚する・しない にこだわらない世界線に行きたいです。

 

世の風潮に飲まれて、「結婚できない」ことをこうやって言い訳しなくちゃいられないような自分が嫌なので。

抜け出た

この前、父に「最近学校どう?」と聞かれた時に、

「楽しいよ」と答えていた。驚いた。

親に自分が苦しむ姿を見せたくないという多少の強がりがあるにしても。

常時気持ちど底辺野郎のわたしが。

 

 

研修会で同期に会った時に「元気!?」とあいさつされた時も、

「ねえうつ病完治した!!!!!」と答えていた。驚いた。

しかも自分の口角が上がっているのを感じた。

いやあいさつで口角下がっているやつとか嫌だけど。

 

 

そういう返事ができたことに自分が一番びっくりしてここ最近の生活を振り返ってみると、そういえば出勤や退勤で、アクセル踏みしめて橋から落ちようとか、踏切でうっかり電車に轢かれたいとか思わなくなったなーと思った。

車や更衣室やトイレで、涙が出るほど気持ちが高ぶることもなくなった。

(あったことが怖いわ)(がんばってたね、一生けんめいだね)

 

 

そりゃもちろん、まだ腹立たしいこともたくさんある。

発達段階で考えたら当たり前なのだけれど、周りのことを考えもせずに自分勝手にふるまったり、大人から見たら些細とも思えるようなことでキレたりする子と対峙していると、くらくらしそうになる。

どーーーーーーーーーでもいいことで怒鳴りあっている二人の間で仲介している時に、意識が宇宙に飛んでいる時もある。

 

 

でも、以前より、子どもの発言でゲラゲラ笑ったり、頑張りに励まされたりすることが増え、前向きに生きている実感があることは確かだ。

 

 

何がそうさせているのかな~と考えた時にいくつか要因が浮かんだ

・熱中できるゲームができた(楽しさでいうと『自分がゲームをする>>>ゲーム実況を観る』と感じると分かった時には、嬉しかった)

・職場に後輩が入ってきた(職場でタメ口で話したり気軽にご飯に行けたりする相手がいるのは大きい。あと、新人へのヘイトが分散される、ごめん、笑)

・整体に行くようになった(洗脳されると悪いから向こうの人の話は半信半疑で聞いているのだけれど、血流が良くなることは自律神経にも良くて気持ちも安定すると言われた。どこまで効果があるのかは知らん)

 

 

ただ、最近の心の安定は、「ずっとこの職業でオッケーです!!わたし、いけます!!!」と覚悟を決めたわけではなく、たまたまこの職場で、たまたまこの人間関係で、たまたまこのクラスで、だから成り立っているものだということも分かっている。

 

 

この前会った友だちが「うちの学校のベテランの先生、『このクラス持ち上がりさせられるなら辞めますって校長に言う。』って言ってたよ。」って言ってたよ。そうなんです。わたしも去年そう思ってました。毎年毎年が本当に一期一会であるし、すでに荒れている高学年なんかは、力のある先生でさえ困憊してしまうものなのだ。だって、自分の言うことを聞かない、あるいは反発してくるような子どもたちと、朝から晩まで一緒にいることが一年間続くんだよ。気が狂うでしょ。

 

そういう「危うさ」と隣り合わせの職業なのだ。

 

 

でもまあ、「死にたい」って感情が脳内で渦巻いていた少し前の人生よりは楽しいです。今思うと鬱の一歩手前だったんじゃないかって思うけど、食欲めちゃくちゃあったし、眠れなかったことないし、分からないですね。

 

沼の底みたいなところから抜け出ることができて、良かったです。

新入社員とか、新採用の先生とか、マジで今地獄だなって思ってる人にも

いつか光が射すといいなって心から思います。

 

ずっと声をあげて泣きたかった。

 

 

18連勤してるからなのかもしれないし

会うたび指摘しかしてこない人の存在のせいかもしれないし

意識の高い人たちの研修団体に無理やり入れられそうになってるからかもしれないし

お礼状を書けないまま平日を幾日も過ごしてしまったからかもしれないし

 

 

でも今日は決定的なものがあり

(無知故のわたしのミスなのだが)

ボスに心底呆れた顔をされて、

学校にいる間も帰ってきてからも

その顔が何遍も思い出されて

堪らなくなった

 

いつもなら一人でだってゲラゲラ笑えるし

「暗い部屋に帰るのが辛い」と嘆く後輩に

笑いながら突っ込めるほどなのに

今はまったくもって何を支えにしたらいいのかわからない

 

小学生は、疲れてるだけで不機嫌になって周りにあたるんだけれども

今のわたしの状態もそれだといいなぁ

ただの身体の疲れであれ

 

ほむほむ

 

その昔、男の子に「枕に対して枕カバーが全然足りてないじゃん」と言われたことがあり、そうだよなあと思いつつもそのまま暮らし、数年が経った。

 

この間ニトリで枕全部を包むタイプのカバーを買ってきた。カバーが足りなくてもどかしい、という気持ちはなくなった。

 

 

でもきっと、枕カバー関連のことで、笑いながらいちゃもんを付けられたなということは忘れないのかなとぼんやりと思う。

 

普段は昨日の行動すら忘れるわたしであるが、中にはそんなふうにずっと覚えている言葉もある。

 

 

 

「今まで会った女の子の中で一番面白いよ」

 

 

わたしの人生の中で一番、言われて嬉しかった言葉である。

 

 

女の子、女の子、女の子。

面白い、面白い。

 

(言われたい言葉のオンパレードだ!)

 

 

その後言った人の心は移ろったとしても、その時はそうだったのだという事実が、誰かに一番面白いと思われた嬉しさが、たまにひょっこり現れて、勇気付けてくれる。

 

自分の記憶一つが頼りの、実体のないものなのに、時空を越えていろんな気持ちを含んで運んできてくれるから、言葉はすごい。

 

 

 

穂村弘さんのエッセイを読んで、改めて「言葉」が大好きだなぁと思いながら

 

コミュニケーション

昨年末に、ホテルで職場の忘年会があった。

スキー授業の下見も兼ねていたため、次の日は職場の人たちとスキーをした。(響きがバブル)(いやバブルしらんけども)

 

その時、親子のように何度も校長先生とリフトに乗った。いろいろな話をした。校長先生はお話をするのが大好きな人なので、わたしは聞き役に徹して質問をたくさん考え、たくさん投げかけた。この時に嬉しいことが起きた。校長先生に「質問がうまいね!」と褒めてもらったのだ。

 

その時、今まで力を入れてきたことの成果が形になって現れた気がした。

 

 

というのも。わたしは、いつからか、自分のことを話すのが下手であることを自覚していた。世間一般の女の子のように時系列に沿って出来事を話していくことができないし(大体、出来事を覚えてられない)、友だちと話をしていて「エピソードトーク下手かwwwww」と笑われたこともある。 話すことではどう頑張っても頂点を目指すことはできないと悟った。

でも、コミュニケーションは、「話す」と「聞く」が大部分を占めている。話すのが下手で、どうやって人と会話を楽しもうか。コミュニケーションをとろうか。

 

そこでわたしは、よい聞き手を目指そうと思った。

相手のことを知ろうとすること、興味をもつこと、質問をすること。

 

そうしているうちに、先輩とも同輩とも後輩ともおばあさんとも子どもとも、「どうしよう」と思わずにコミュニケーションがとれるようになった。

 

その甲斐あって、校長先生とも楽しくお話ができて、さらに褒めてもらえて、心の内では(へへ‥‥一応良い聞き手を目指してますからね‥‥)とにやりとしていた。ということなのである。

 

 

稀に弊害もある。良い聞き手を目指していると、友だちと楽しく話しているようで、実は自分の話が一切できなかったな、聞かれなかったな、と悲しみのような虚無感のようなものを抱きながら帰路につくことがあるのだ。

 

だが、そんなわたしでも、自分のエピソードトークが自然と出てくる相手がいる。こんなに話し下手なのに、けらけらと笑ってくれる。それが本当にうれしい。その人たちには「良い聞き手勝負」で負けてんだろうな、と思いながらも、へぼなわたしの話を興味深く聞いてくれることにしみじみと感謝するのである。